愛隣幼稚園

お問い合わせ

愛隣だより☆7月巻頭言☆

夏の光に木々の緑の葉がまぶしく輝く6月最後の日曜日、私は教会の仕事で玖珠に出かけました。「むかしむかしこの町に天に届きそうな大樟があったとさ。・・・朝日があがる時には有明海に影がとどき、夕陽を隠して四国まで影がかかる大木でした。地面に日があたらず・・・作物は育たず、村人は次々病気になってたいそう困っておりました。そこで村人は身の丈九百尺もある大男に頼んで、三年三ヵ月もかかって伐り倒してもらいました。」(伐株伝説より)。そんな標高685mの伐株山(きりかぶさん)がある町。私にとっては中学2年の時まで幼少期を過ごした特別な場所。クワガタ捕りに夢中になった裏山、学校から帰ってよく魚釣りをした川、よく通った道、30年ぶりに目に映る何の変哲もない一つひとつが、ふるさとの懐かしい記憶をよみがえらせ、心が熱くなるひと時でした。

玖珠は「童話の里」で知られています。玖珠出身の児童文学者で「日本のアンデルセン」と呼ばれている久留島武彦をご存じでしょうか。彼は1887年、大分中学(現・上野丘高校)に入学、英語教師の傍ら自宅を開放して聖書研究を行っていたアメリカ人宣教師S.H.ウェンライトに出会います。そこで久留島は日曜学校で子どもたちにお話を語る楽しさを知り、キリスト教の洗礼を受けました。(その後、私の母校でもある関西学院へ)。そして1906年から全国で童話の読み聞かせ活動を開始し、訪ねた幼稚園・小学校は6千を超えるそうです。「お話は子どもの生命の糧だ」という信念に基づくものでした。(『大分教会の百年』誌に、久留島武彦童話会の写真あり)。愛隣幼稚園の母体である現在の日本キリスト教団大分教会は、1888年、ウェンライトによって大分南メソジスト教会として設立されたのでした。

その後、1909年、ミス・ウォース宣教師により荷揚町に愛隣幼稚園が創立されます。(市役所敷地内に碑あり。「探しなさい。そうすれば、見つかる」【マタイ7章7節】)。歴史を探ると不思議なつながりを発見するのでした。(園長)